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43話 日が、決まった

last update publish date: 2026-09-08 17:00:30

 残り三週間の、最初の月曜日。

 フィオナから速達が届いた。

 封を開ける前から、内容の予感があった。

 エリナへ

 日が決まった。

 最終報告の日は、今から十八日後。午前十時、王宮の謁見の間。

 アルバ殿下から連絡が来た。陛下が直接日付を指定した。クロヴェルの上奏があっても、陛下は約束を守った。

 参加者は、陛下、王宮の高官たち、魔法師団長、クロヴェル侯爵を含む大貴族数名。そして、学院の代表として師匠の発言が許可された。レインも、師匠に同行する形で参加できるかもしれない。アルバ殿下が調整中だ。

 十八日。準備できるか?

                                     ――フィオナ――

 エリナは手紙を読み終えた。

 十八日。

 数えた。

 今日を含めて、十八日。

 できる。

 そう思った。怖い、という気持ちより先に、できる、という言葉が来た。

 それが、一年前と違うことだと思った。

 すぐにゴードンを呼んだ。

「日が決まりました」

 ゴードンに手紙を見せた。

 ゴードンが読んで、静かに頷いた。

「十八日ですね」

「十八日で、準備を終える必要があります。今日から、逆算して動きます」

「何が残っていますか?」

「最終報告書の仕上げ。王都への移動の準備。師匠への連絡。フィオナへの段取りの確認。ベルダンへの報告。マグダ、シェナ、ジルカへの連絡」

「順番をつけましょう」

「一番急ぐのは、師匠への連絡です。師匠の発言内容の骨子を、アルバ殿下に共有する必要がある。それはレインが動いてくれているはずですが、日程が決まったことを今日中に伝える必要があります」

「レインさんへの速達を手配しますか」

「はい。今日中に」

「次は?」

「報告書の最終確認。明日中に、全員で読み合わせをしたい。ゴードンさん、マリオ、ルナ、それぞれに担当の部分を確認してもらいます」

「わかりました」

「王都への移動は、三日前に出発します。前日に王都に着いて、一日準備に使う」

「宿の手配をしておきます」

「フィオナと一緒に動ける宿がいい。同じ場所に泊まれるなら、そうしてほしい」

「確認します」

 マリオに状況を伝えると、少しだけ目を細めた。

「十八日か」

「そうです」

「間に合うな?」

「間に合わせます」

「俺は何をすればいい?」

「明日の読み合わせに参加してほしい。それと、ルシェムの現場を十八日間、ゴードンさんと一緒に回してほしい。私が王都に行っている間、ここを任せます」

「わかった。ちゃんと回す」

「信頼しています」

「知ってる。でも、言ってくれると嬉しいな」

「信頼しています」

「ありがとう」

 ルナに伝えると、少しだけ目が動いた。

「十八日後、エリナがいない?」

「王都に行きます。三日前に出発して、報告の後、一日二日で戻ります」

「猫、大丈夫?」

「猫の心配をしているのですか?」

「エリナのことも心配してる。でも、猫も心配してる」

「猫は大丈夫です。ルナがいるから」

「うん。エリナも、大丈夫だと思う。でも、言っておく」

「何を?」

「気をつけて」

「気をつけます」

「ちゃんと帰ってくること」

「帰ってきます」

 ルナが棚に向き直った。猫が一匹、ルナの足元に来た。

 エリナは少しだけ、その場面を見た。

 ちゃんと帰ってくること。

 ルナが言ったのは、それだけだった。

 でも、それだけで十分だった。

 レインへの速達を書いた。

 レインへ

 日が決まった。十八日後、午前十時、王宮の謁見の間。

 師匠の発言骨子を、今週中にアルバ殿下に共有してほしい。殿下が参加者の段取りを調整している。あなたが師匠に同行できるかどうかも、殿下が確認中だ。

 十八日で、準備が整う。

 一つだけ聞いていいですか。

 今日、日が決まったと聞いた時、最初に何を思いましたか?

                                      ――エリナ――

 書いて、速達で送った。

 その日の午後、フィオナへの返信も書いた。

 フィオナへ

 日が決まった。十八日後。準備できます。

 三日前に王都に出発します。フィオナと同じ宿に泊まれるよう、ゴードンさんに手配してもらいます。

 最終報告書の仕上げを、明日から始めます。読み合わせを明日行います。

 一つ、確認がある。当日の段取りについて。謁見の間に入る前に、私とフィオナで話せる時間はありますか。十分でいい。当日の空気を共有してから入りたい。

 陛下が約束を守ってくれた。クロヴェルの上奏があっても。それを聞いて、少しだけ、目が熱くなった。

                                      ――エリナ――

 翌日の読み合わせには、ゴードン、マリオ、ルナが全員参加した。

 エリナが最終報告書を声に出して読んだ。

 第一部:おばあさんの孫の話から始まる。数字の前に、人の話。

 第二部:学院の感染率のデータ。師匠の注記入り。

 第三部:各町の薬屋データ、ベルダンの記録、王都の事例。

 第四部:提言。魔法師の負担軽減という視点を含む。

 読み終えて、少しだけ間があった。

 最初に口を開いたのは、マリオだった。

「最初の話」

「おばあさんの孫の話ですか?」

「うん。あれ、俺が市場で聞いた話だよな?」

「そうです」

「俺が聞いた話が、王宮に届くのか」

 マリオが少し不思議そうに言った。

「なんか、変な感じがする」

「変な感じ、とは」

「市場のおばあさんが言った言葉が、国王陛下の前で読まれるってことだろ。なんか、すごくない?」

「すごいと思います」

「そうだよな」

 マリオがしみじみと言った。

「俺、ちゃんと聞いておいてよかった」

 続いてゴードンが言う。

「第四部の提言について、一点だけ確認したいことがあります」

「何ですか?」

「『魔法師の負担軽減』という部分。これはレインさんの案ですが、魔法師の立場から語られる言葉として、師匠の発言と連動させる必要があります。報告書で提言して、師匠がそれを学院の現場から裏付ける、という流れになっていると良い」

「師匠の発言骨子を、今日中にもらえるように連絡します」

「お願いします」

「よく書けてる」

「ありがとう」

「薬草の部分が、正確だ」

「ルナが確認してくれたから」

「当たり前のことをしただけ」

 読み合わせが終わった後、エリナは一人で報告書を見た。

 ルナが『正確だ』と言った。ゴードンが細かい確認をしてくれた。マリオが『ちゃんと聞いておいてよかった』と言った。

 全員が、自分の場所から、この報告書に貢献していた。

 夕方、レインから速達の返事が来た。

 エリナへ

 十八日後、受け取った。

 師匠の発言骨子は、今日中に文章にする。明日、アルバ殿下に送る。

 俺の同行については、殿下から明日連絡が来る予定だ。

『日が決まった時、最初に何を思ったか?』という問いに答える。

 間に合う、と思った。

 それだけだった。怖いより先に、間に合う、という言葉が来た。

 それが、少し意外だった。一年前の自分には、なかった感覚だと思う。

 一年後の約束も、間に合う。

                                      ――レイン――

 エリナはレインの返事を読んで、少しだけ止まった。

 間に合う、と思った。怖いより先に。

 自分も、同じことを思った。

 今日の朝、日が決まったと聞いた時、最初に来た言葉も「できる」だった。

 怖いより先に。

 それが、一年前と違うことだと、エリナも思っていた。

 レインも、同じことを思っていた。

 同じ感覚を、別々の場所で感じていた。

 返事を書いた。

 レインへ

『間に合う、と思った。怖いより先に』という言葉を受け取った。

 私も、同じだった。『できる』という言葉が、最初に来た。

 同じことを、別々の場所で感じていた。それを知ることができてよかった。

 師匠の発言骨子、明日殿下に送ってくれること、ありがとう。同行の件、連絡を待っています。

 一つだけ。

 あなたが謁見の間にいてくれれば、少し、落ち着けると思う。

                                      ――エリナ――

 書いて、封をした。

 『あなたがいてくれれば、少し落ち着けると思う』という一行。

 書く前に、少し迷った。

 でも、本当のことだから書いた。

 前世でも今世でも、自分はあまりこういうことを言わない人間だった。

 でも、今日は言えた。

 夜、エリナはセレーナに伝えた。

「十八日後に、王都に行きます。三日前に出発します」

 セレーナが少しだけ、手を止めた。

「そう。いよいよね」

「いよいよです」

「怖い?」

「少し。でも、できると思っています」

「そう」

 セレーナが静かに言った。

「それで十分だわ」

「怖くないほうが、よかったですか?」

「怖くないのは、本当のことじゃないでしょう。怖いけど、できると思っている。それが本当のことで、それが一番強い」

 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。

 怖いけど、できると思っている。それが一番強い。

 母が、そう言った。

 その夜、ベルダンとマグダ、シェナ、ジルカへの手紙も書いた。

 全員に、日が決まったことを報告した。

 ベルダンへの手紙に、一行付け加えた。

『一年後を待っていると言ってくれた。その日が来ます。報告します。』

 机の上に、書いた手紙が五通並んだ。

 レインへ。フィオナへ。ベルダンへ。マグダへ。ゴードンへの明日の指示書。

 エリナはその五通を見た。

 一枚ずつ、それぞれの相手がいる。

 それぞれが、それぞれの場所で動いている。

 ランプを吹き消す前に、エリナは窓の外を見た。

 冬の夜空に、星が出ていた。

 前回星を見た時のことを、少し思い出した。

 父の記録が学院に残っていた夜。

 父の記録は、消えなかった。

 十八日後、その記録の続きを、自分が作りに行く。

 エリナ・アッシュフォード、八歳。

 日が、決まった。

 十八日後。

 今夜は、それで十分だ。

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